2007年10月04日

ヴェネチア 2

 ヴェネチアの話はもうちょっと続きます。

 イタリアに旅立つ1週間ほど前。主人がいいました。

「ヴェネチアに、いとこが住んどる。」

 え?初耳ですけど。  急に思い出したらしいです。
 気がつくと20年ほど会っていなかったそうな・・。

 ヴェネチアのホテルに勤めるM美さんとはメールで連絡がつき
 再会! 
 主人「あ、どうもS原です」
 M美さん「あ、こんにちは〜」

 ・・・・20年ぶりなのに、ものすごい平常心です。

 M美さんがお休みをつぶして、いろいろ説明しながら案内してくれたおかげで、ヴェネチアを30倍は楽しむことができました。


 18世紀からほとんど変わっていないヴェネチアの町並み。
古いものでは13世紀の建物もあるそうです。

T3-5_13.jpg 


 最盛期の15世紀につくられたお金持ちの館「カ・ドーロ」。

 レース編みのように繊細な外観。
 ミラノやフィレンツェの貴族の館やお城とくらべると、明るくて
開放的な雰囲気です。
 海運で栄華を極めたとはいえ小国だったヴェネチアは、一致団結して
外敵に対するため、国内での戦いはなく、そのために家のつくりも開放的なんだそうです。

 イスラム諸国とも貿易をしていたため、建築にイスラムの影響があるのも独特の町並みをつくった一因です。今もスパイスの専門店があるおも、その名残です。香りがすごい。

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 またサンマルコ広場の対岸から海をみると、海中から、杭がほぼ
等間隔に突き出ています。何かな?と思いましたが、これは海の道路標示で、この杭より陸地に近づくと、浅瀬に乗り上げる危険があることを示す、まあ船用のガードレールなんです。

 昔、敵が攻めてきた時には杭を抜いて、浅瀬に誘い込み座礁させた
んだとか。
 ガイドブックには載ってないことを、いろいろ教えてもらえて
おもしろかった!

 これもその一つ。王様のいなかったヴェネチアでは選挙で総督
が選ばれます。総督が広場に面した回廊に出てくる時、まわりとは少し
色の違う柱の間にたったんだそうです。

GR21-2_32.jpg

色の違い、わかるかな〜。

立ち位置、決まってたんですね。

 とても楽しかったのは、朝市。地元の人がカートをもってお買い物。
色とりどりの野菜に、お魚。料理好きにはたまりません。

T3-6_37.jpg

 ドライトマトを買って帰ったら味が濃くておいしかったぁ。

もちろん、おいしいお店にも連れて行ってもらいました。
 高くてイマイチな店が多いといわれるヴェネチアですが、
おいしい店は、ちょっと路地を入った所に多く、
必ずゴンドリエーレがいるそうです。日本でもタクシーの運転手さんが
穴場をよく知っているようなものですね。
 確かに黒白や赤白ボーダーシャツの屈強なゴンドリエーレ達が
陣取っていました。
 
 イタリア語ペラペラ(フランス語と英語も!)のM美さんと歩いてると「チャオ!M〜美!」とあちこちから声がかかって、あいさつに忙しそう。どこで暮らすにも、語学力と人柄が大切だな、とつくづく感じました。母国語でコミュニケーションのとれない人は、どんなに語学ができても、M美さんみたいにはなれないでしょう。

  初めて会ったいとこさんをすっかり好きになりました。

T3-5_24.jpg

 M美さんと歩いたヴェネチア。

 観光客でごったがえす通りから一本裏の路地に入れば、とたんに
静かになり、窓辺には洗濯物、という地元の人の生活がかいまみえます。
 日常と非日常が背中あわせの街。

 最も栄えた頃の夢をみながら波間にたゆたい、旅人を待つ。

 華やぎと翳り、そしてしたたかさが同居する、不思議な場所でした。

posted by たへ at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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